窪塚洋介の転落理由。マンション飛び降りの後遺症。自殺未遂説の真相

窪塚洋介さんといえば、90年代後半から00年代前半までに絶対的な人気であった俳優です。

今でもメディアに出ればネット上で話題になるカリスマ的人気を誇ります。

若くして成功し、華麗な経歴を辿っていた窪塚洋介さんですが、実は過去に大きなスキャンダルを起こしています。

それは人気全盛期だった2004年に起きた”転落事故”です。

当時は、窪塚さんが自決しようとしたのでは?と大きな話題となり、事故であると主張するものの、多くの闇が残る事件です。

今日は2004年の窪塚洋介さんの自宅マンション転落事件について書いてみたいと思います。

2004年に窪塚洋介が転落事故。マンション9階から飛び降り全身5箇所の骨折

世間を驚かせた、2004年の当時人気俳優だった窪塚洋介さんの転落事故

2004年6月6日午後12時10分頃、窪塚洋介さんは神奈川県横須賀市にある自宅マンションの9階から転落。

当時は、事故なのか、自らの飛び降りなのかは報道されてませんが、大半が窪塚さん自らの飛び降りだと勘繰っていました。

窪塚洋介さん自宅から転落したと速報が入ると、すぐに各局のテレビ局で大きく取り上げられました。

当時、窪塚さんは嫁”のんちゃん”が妊娠していたということで、育児休暇中でした。

窪塚洋介の命に別状なし。茂みがクッションになるも頭蓋骨を含む5箇所を骨折

自宅マンション9階から転落した窪塚洋介さん。

リアルタイムで速報が流れた頃は、”自殺した””助からない”と言われていました。

その後に窪塚さんの命が別状はないと速報が入ると、安堵の声と同時に「なんで9階から飛び降りて助かった?」と疑問の声も出ました。

実は窪塚さんが住んでいたマンションの下には茂みがあり、窪塚さんが落ちた後にフェンスに衝突し、その下にちょうど茂みがあり、衝撃が和らいたのです。

命こそは助かったものの、頭蓋骨を含む全身5箇所を骨折し、歩行には数年のリハビリが必要だと伝えられました。

窪塚洋介は自殺未遂ではない。リハビリ当時の手紙。転落事故に不審な点が多く都市伝説が流れる

2004年に起きた窪塚洋介さんの転落事故ですが、現在でも”自殺未遂だったのでは?”という疑問の声が出ています。

事故当時、家にいた嫁・のんちゃんは「テラスの方に行った(窪塚さんが)と思ったら姿が見えなくなった」と、突然の出来事であったと告白しています。

転落した窪塚洋介さん本人は「覚えていない」として、自殺未遂だったことを否定しています。

当時の窪塚洋介さんは2001年に映画「GO」で最優秀主演男優賞を受賞し、2003年に結婚&子供の誕生するという、公私ともに順調で自殺をする理由が見当たりません。

本当に覚えてない。アメリカに行く予定で、荷物も全部準備してあって。家庭も持って、子供もできて、仕事も順調で。自殺する理由なんてまったくなかった」

窪塚洋介さん本人も「自殺する理由などない」と、自殺願望すらなかったと断言しています。

事務所の冷たい対応やフェンスまでの距離に不審点

現在までに2004年に起きた窪塚さんの転落事故には”闇がある”と都市伝説じみた言い伝えがあります。

自殺の可能性が0ということで事件性なども疑われました。

しかし、窪塚さんが飛び降りた後に9m離れたフェンスへの衝突し茂みに落ちて助かったということで、自力で助走をつけて飛んでいたことになるので、他人に落とされた可能性は0です

じゃあなぜ、自殺でもないのに助走をつけるような形で飛び降りたのか・・・ここが不可解なのです。

さらに、事故後の所属事務所の対応には不審な点があったとされます。

窪塚洋介さんはリハビリが必要なぐらいの大怪我を負ったにも関わらず、事務所は当初”全治3ヶ月”と公表。

さらには、事故の原因に関しては鯉のぼりを片付けようとして、誤って転落した」と間違った情報を伝えたのです。

当時の窪塚さんと事務所の関係が良くなったのか?

それとも単純に事務所の担当のミスだったのか。

フェンスの距離の疑問や、事務所の対応などが釈然としていない為に、現在でもネット上で闇っぽい憶測や都市伝説が語り継がれてしまっているのです。

窪塚洋介の事故の心境を綴った手紙。命への感謝

「記憶がない。

ベランダから落っこちた日から数日間の記憶が今だにない。

意識が戻ったのは病院のベッドの上だった、「中田さん、どうですか?」看護師さんに話しかけられていた、…中田? …俺、中田だっけ?…あれ、イタリア?

マスコミへの計らいで”中田さん”になっていた本人が一番混乱した。 

そしてその後すぐもっと混乱した、体が動かない…。 

両足、左手、あばら、顔面の骨が折れていた、だけど背骨やせき髄、脳は無事だから歩けるようにはなると先生に説明された。

他人のケガの状態を聞くよりもあっけらかんと聞いていたのは、強いとか前向きとかじゃなくて、ただ、自分の身に何が起こったのか理解できてなかっただけだった。

「あ、そうですか」と言葉だけが勝手に出ていた。

みんなから生きているのは奇跡だと言われても、そんな実感は全然持てなかった。

夏至の日に手術が無事終わって両足と左手に金属が入った、子供の頃好きだった超合金に自分がなっちまった、でもおかげで順調にリハビリが出来る。

先生言うところの脅威の回復力で、いよいよ歩く練習が始まった、人生で二度目の歩く練習は色んなことを気づかせてくれる、痛みは俺にとって一番の現実で一番のメッセージだ、

wかあったつもりになっていた「いのち」のスゴさと不思議さと素晴らしさがやっと姿を見せ始めたのかもしれない、生きてて良かった。」

「生きているのは奇跡」生きてるってことは死んでないってこと。

助かったって意味じゃなくて、なんのヒネリもない「当たり前」の意味、「当たり前」過ぎて 当たる前のくせに当たった気でいたことがめちゃくちゃある、

こうならなかったらわからんかったことがめちゃくちゃある、だから今はこうなったことに感謝している、

これからも嬉しいことと嬉しくないことは同じくらいあるだろうけど、生きててこそだ、楽しんでいこう、生きてるだけでボロもうけ

この命をくれた両親と先祖、この命をつないでくれた病院の先生、看護師さん、リハビリの先生、励ましの声をくれたみんな、そして家族と神さんに心から感謝してます。

とにかく、心配かけて迷惑かけて本当に申し訳ありませんでした。

窪塚洋介は事故後に車椅子でメディア出演。人工肛門など後遺症の噂は嘘?

窪塚洋介さんは事故の同年2004年に早くもメディアに登場しました。

事故同年の2004年の11月13日にドキュメンタリー番組「告白 窪塚洋介~そして旅は続く~」が放送されました。

車椅子姿の窪塚さんの姿にショックを受けますが、事故前と同様にハキハキと窪塚さんらしい口調で喋っていたことでファンを安心させました。

番組内では窪塚洋介さんの手記のようなものを追っており、

8月1日
「靴履いたら歩けそう。内蔵とかも脾臓がやられてたり、目が見えなくなるとか言われてた。脅威の回復力とか言われてる。右の鼻の臭いは無くなった。」

8月31日
「歩けるようになった。一番痛いのは膝。違和感ありあり。」

リハビリが順調に進んでいることを綴っていました。

番組の後にはリハビリも終わり、事故の翌年2005年には映画「同じ月を見ている」で主演として俳優業を復帰させ、世間を驚かせました。

事故直後はネット上でなどで、「俳優復帰が難しいほどの後遺症を負っているのでは?」と噂されていましたが、それらのガセネタを痛快なまでに一掃してくれました。

後遺症に「歩き方に違和感」「話し方が変わる」「人工肛門」の噂があった

窪塚さんが事故した直後には、「絶対に俳優は引退だ」というような説が強くありました。

怪我の影響でヴィジュアルが悪くなったと思い込んだ人もいたでしょうし、歩き方や話し方にも後遺症が残るとの予想がほとんどでした。

事故からすぐにメディアに出演すると、「顔と話し方は無事で良かった」という反応。

その後にリハビリが成功すると「歩き方も問題なし!」との反応。

以前と変わらない状態で俳優を復帰を果たすと、”奇跡の男だ”とドン引きさせました。

ただ、当初からあった”人工肛門になったのでは?”という噂に関しては、確認のしようがない為、現在も一部ネットで噂されました。

2020年のSNSのライブで窪塚洋介の現物が確認される

事故後、人工肛門の噂があった窪塚洋介さん。

ネット上では「銭湯で一緒になった時に”あった”」、「ジムで堂々と着替えてるけど”あった”ぞ」というような口コミが出るなど、その話題は尽きませんでした。

徐々にガセネタであることが浮き彫りになってきましたが、2020年に本人の失態によって、まさかの”現物が確認される”ことになりました。

窪塚洋介さんは2020年6月16日にインスタグラムでライブ配信を実施。

飲酒しながらのライブだったため、終盤は泥酔してベロベロになって寝落ちしてしまいました。

問題なのは、寝落ちした時の格好で、なんとライブに窪塚洋介さんの現物が映ってしまっていたのです。

若いファンは「幻滅した」との反応を示しましたが、古くからの人口の噂を知っている層からは「確認できて安心した」との歓喜の声にあふれました。

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