元・JUDY AND MARYのボーカリストであり、現在はソロ歌手として活躍する女性アーティスト・YUKIさん。

コロナ禍でメディア出演もあって、若い世代から再び脚光を浴びてます。

ユキさんは昔から幅広い世代の女性たちの間でカリスマとして愛されてきましたが、女性として最大の不幸を味わっています。

2005年に当時1歳の長男を、突然亡くしてしまったのです。

この事を知らない若い子が、ユキさんの事を調べてビックリししてるみたいです。

当時の報道と、ユキさんのコメント、その後の活動への影響を振り返ってみたいと思います。

また、結婚した旦那のYO-KINGさんや、ユキさんの現在の家族構成についてもまとめました。

YUKIってどんな人?経歴・出身中学高校とプロフィール

本名:磯谷有希
誕生日:1972年2月17日
出身地:北海道函館市
学歴: 函館市立深堀中学校
遺愛女子高等学校
函館大谷短期大学卒業
ジャンル:J-POP,GiRLPOP
職業: 歌手。シンガーソングライター。
担当楽器:ボーカル。ギター。 ドラム。
活動期間:1992年〜
レーベル:エピックレコードジャパン

ジュディマリでブレイクするまでのユキの人生

ユキさんは1972年2月17日に函館市深堀町で生まれました。

名前は「希望が有りますように」という意味で『有希』と名付けられました。

青春期にたまたま函館市を訪れていた、後のジュディマリのリーダーとなる恩田快人さんと出会い、一年後の1992年2月にJUDY AND MARYを結成しました。

ユキさんは1993年にJUDY AND MARYのヴォーカリストとしてデビューし、3年後の1996年にお馴染み名曲『そばかす』がオリコンチャート初登場1位を記録し、一気に国民的アーティストになりました。

その後にジュディマリは解散し、ユキさんはソロとしても成功。私生活では結婚し、そして出産へ。

ユキの地元の意外な交流関係と一度の就職

あまり知られてない話ですが、ユキさんとGLAYのJIROとは同郷で高校時代からの知り合いなのです。

TAKUROさんらGLAYメンバーとは高校時代から交流があり、ユキさんは当時「アブノーマル」というバンドでGLAYの主催するライブに参加したこともありました。

ユキさんは高校卒業後は地元でバスガイドをしていました。当時、ガイドの就職試験に歌のテストがあったらしいのですが、審査員から「声が大きすぎる」と驚かれたそうです。

バンドのボーカルに誘われ上京した際には、当初エステティシャンとして働いていたこともあったそうです。

YUKIの第一子、第二子、第三子の性別と年齢

YUKIさんが第一子を出産したのは2003年の4月。

第一子で性別は男の子(長男)でした。

その子が、以下詳細を記載しますが、2005年の3月に突然死してしまうのです。

その後、1年後の2006年8月に第二子の男の子を出産。

そして更に3年後の2009年5月には第三子の男の子を出産しました。

YUKIさんの子供の性別は全員男の子ということです。

ユキさんの子供の現在の年齢ですが、

第一子の子が生きてれば今年で18歳の大学1年。

第二子の子は15歳の高校1年。

第三子は13歳の中学2年生ということになります。

(2021年現在)

YUKIの子供の名前「響」

YUKIさんは自分の子供の名前を一切公表されていません。

しかし、ネット上では、1人の子供の名前が「響(ひびき)」だという噂があります。

この名前は長男なのか、次男なのか、三男なのかは謎です。

ちなみにYUKIさんは第三子の子供を出産した際に、

今までどおり、家族の生活を最優先にしたペースで続けていきたい」

と発言されていました。

今後、YUKIさんが子供の名前などを公表したり言及することはなさそうです。

突然死した長男。死因は乳幼児突然死症候群(SIDS)

ユキさんは2003年の4月に第一子の長男を出産しましたが、約2年後の2005年の3月に突然死という形で亡くされてます。

長男は、まだ1歳11ヶ月という短い命でした。

気になるのは死因です。小さな子供が突然死するなんて、あまりピンとこないかもしれませんが、実は乳幼児突然死症候群(SIDS)という珍しい病気が存在するのです。

日本では4000人に1人が、この病気で亡くなっているのです。

ちなみに日本国内での幼児死亡原因の第2位に、この病気があるそうです。

第一子を亡くした当時のユキと旦那・YO-KINGの反応・コメント

ユキさんは、長男を亡くしてしまった当時、ホームページにて、

いつも通り『おやすみ』を言ったままの突然のお別れでした」と告白しました。

旦那の真心ブラザーズのYO-KINGとの声明は、とてもキツい内容です。

後にYUKIさんは、当時の事を「33年間生きてきた中で一番辛かった」と語っています。

タバコが原因で亡くなった説はガセネタ

乳幼児突然死症候群(SIDS)という不幸な病気で長男を失くしてしまったユキさん。

この病気は、「うつ伏せで寝る癖があった」など、子供の特徴によって理由は様々です。

昭和の時代に多くあったのは、親の喫煙、副流煙が子供の体内に悪影響を与えて・・・という理由。

実は、ユキさんの長男が乳幼児突然死症候群(SIDS)を発症した理由を巡っては、ユキさんの喫煙に原因があったのではないか?という憶測があったのです。

確かにYUKIさんは喫煙者で有名でありました。

YUKIさんが長男が生まれた前後の時期にも喫煙していた可能性も高いです。

しかし、分煙はしっかりされてたかもしれませんし、家庭内でのユキさんのことは誰にもわかりません。

ただ喫煙者だからということで、それが乳幼児突然死症候群(SIDS)の原因になったと考えるのは乱暴すぎると思います。

子供を亡くした後の武道館ライブ

乳幼児突然死症候群(SIDS)で長男を不幸な形で亡くしてしまったYUKIさん。

多くの母親は心を痛め、メンタルクリニックに通うそうです。

YUKIさんのメンタルにもかなり影響を与えたと思われます。

しかし、YUKIさんは、長男が亡くなってから僅か2ヶ月後に武道館という大舞台でライブを行ったのです。

傷心にも負けずに頑張ったライブは、今でもファンの間で伝説として語り継がれてます。

武道館ライブでのYUKIさんはMCで、

「息子を精一杯愛しました」

「彼の分までしっかり生きていこうと思います」

と、子供に起きた不幸について言及し、会場にいたファンの涙を誘いました。

アンコールの「ティンカーベル」ではファンたちがYUKIさんを支えるような大合唱が起きました。

ライブ後にユキさんは、

「各地でファンが暖かく応援してくれて、本当に幸せ。感謝してます。」と号泣しながらファンに感謝を伝えたのです。

突然死した子供の歌曲?「長い夢」「AIR WAVE」

YUKIさんの楽曲には、亡くなった長男に作った曲があると言われてます。

ただ、ユキさん本人が説明したことはなく、あくまでファンの考察でしかありません。

候補は多くありますが、一番有力なのは「AIR WAVE」という曲です。

歌詞に、

「私の声は風に乗り あなたの部屋に届くから 今日も泣いてる人達も 窓際で 笑いあえるはずだから」

と、まるで母親が子供に向けた表現があるからです。

また「長い夢」では、

「ばいばーい長い夢 夢で会えたら何を話そう」

と、最後にお休みを伝えてお別れをした境遇に沿った内容の歌詞があります。

きっと、長男はまだ気持ちの良い夢の中にいるんだという切ない願いが伝わってきますね。

子供に作った曲自体存在しない説

実は、YUKIさんは過去のインタビューにて、

自分自身が「〜という曲を子供のために作りました」という曲は存在しないと言及したことがあるみたいです。

なので、実は子供のために作った曲というのは存在しないのではないか?ということです。

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