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天野之弥(IAEA事務局長)が死去。病気でもギリギリまで仕事?経歴・学歴最近、体調不良を理由にIAEAの事務局長辞任がニュースになっていた天野之弥さん。

先週に健康上の理由で来年3月までに辞任することを検討していると公表していましたが、なんとその僅か一週間後に死去されました。

どんな病気を抱えていたのか・・・。

天野之弥(IAEA事務局長)が死去。死因は不明

天野之弥(IAEA事務局長)

今日7月22日に亡くなった天野さんですが、今の所、死因ははっきりとされてません。

国際原子力機関(IAEA)の天野之弥(ゆきや)事務局長が死去した。72歳だった。IAEAが22日、発表した。健康状態への不安から、IAEAの理事会に任期途中で辞任する意向を伝えていた。天野氏は外務省出身でIAEA事務局長には2009年12月に就任。主要国際機関のトップを経験する数少ない日本人の一人だった。引用元:ヤフーニュース

もともと健康上に問題があるとして、昨秋に手術を受けて一時職務を離れたりもしてました。

それでも6月からは記者会見に復帰に理事会にも出席。健康上の問題はもう大丈夫だと思われていた矢先、先週になって辞任するような内容が再び報道されて話題となっていました。

何か病気を抱えていることはわかりましたが、まさか命に関わるほどであったとは、誰も想像もできなかったことでしょう。

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天野之弥(IAEA事務局長)の経歴・学歴

名前:天野之弥(あまの ゆきや)

生年月日:1947年5月9日

出身地:神奈川県湯河原町

出身高校:栄光学園

出身大学:東京大学 法学部

1972年3月 – 東京大学法学部卒業
1972年4月 – 外務省入省
1993年2月 – 外務省国際連合局科学課長
1993年8月 – 外務省総合外交政策局科学原子力課長
1994年7月 – 軍縮会議日本政府代表部参事官
1997年6月 – マルセイユ総領事
1999年8月 – 外務省官房審議官(軍備管理・科学担当)
2001年2月 – ハーバード大学ウェザーヘッドセンター客員研究員
2002年8月 – 外務省総合外交政策局軍備管理・科学審議官(大使)
2004年8月 – 外務省総合外交政策局軍縮不拡散・科学部長(大使)
2005年8月 – 在ウィーン国際機関日本政府代表部大使
2005年10月 – 国際原子力機関 (IAEA) 理事会議長選出 議長在任中にIAEAがノーベル平和賞を受賞
2008年9月 – 日本政府により、次期IAEA事務局長候補に擁立される
2009年7月 – IAEA事務局長選出(12月就任)
2019年7月 – 死去

 

病気でもギリギリまで仕事?

天野さんは2009年にIAEA事務局長に就任。

それ以降は日本人としては初めての国際原子力機関での任務に注目が集まりました。

亡くなる5日前の7月17日に、健康上の理由として、辞職する話が出ていました。

IAEAはホームページに、天野氏が理事会に辞任の意向を伝えた際の言葉を載せた。任期を振り返り、「我々が成し遂げたことに誇りを持っており、加盟国と職員に感謝している」としている。引用元:ヤフーニュース

もともと、何か病気を抱えて仕事をしていたことが想像でき、亡くなるギリギリまで病気と闘いながらも仕事に励んでいたのではないか?と。

 

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