MALICE MIZERの時代が去ってしまったのは2代目ボーカルのGACKTさんが脱退したことが理由にあげられますが、その後にKamiさんが死去されたことも大きく関係してます。
仲良しだったGACKTさんとKamiさんが同時にバンドから消えてしまうのは、これ以上ない悲劇でした。
Kami(MALICE MIZER)は1999年6月21日に「くも膜下出血」で死去
現在でもGACKTさんは横浜アリーナには魔物がいると語りますが、それにはMALICE MIZER時代からの逸話があります。
GACKTさんは1998年7月28日のMALICE MIZERの横浜アリーナ公演を最後に、MALICE MIZERとして二度とステージに戻ってくることはありませんでした。
大きな興行を成功させた裏側で、バンド内であわゆるいざこざがあったとされていました。
GACKTさんは突然失踪し、翌年1月に事実上の脱退となりました。
そして、そのGACKTさんの失踪劇から約1年後の1999年6月21日に、GACKTさんが最も仲良しであったKamiさんが、くも膜下出血で亡くなりました。まだ27歳の若さでした。
GACKTさんがソロデビューの「ミゼラブル」をリリースしたのは、Kamiさんが亡くなった21日から9日後の6月30日でした。(GACKTさんがKamiの死を知るのはワンテンポ遅いです)
GACKTはKamiの死後、毎年欠かせずお墓参り
GACKTさんがソロとして輝かしくデビューしたのとは裏腹に、MALICE MIZERはバンド解散の危機を辿ります。
GACKTさんがバンドから消えたばかりのMALICE MIZERの会報には、「今まで一緒に手を組んで頑張ってきた自分が憎い」とKamiさんは怒りの声を綴っていました。
GACKTさんとKamiさんは喧嘩別れでした。
それでもGACKTさんはKamiさん死去を知らされてすぐに彼の地元を訪問。自力で実家を探しだし、御墓参りをしたのです。実家を見つけた時には、Kamiさんの親が暖かく迎えてくれたそうです。
親友の死を知らされるのも遅ければ、葬式にも呼ばれず、さらにはお墓の場所まで教えてもらえないなんて、遠ざけた周囲もエグいですね。それだけのことをGACKTさんはしてしまったということでしょうか?
Kamiさんが亡くなって今年で20年ですが、GACKTさんは1年足りとも欠かさずに命日と誕生日には御墓参りをしています。
Kamiの本名とGACKTの楽曲「U-K」の関係
GACKTさんはKamiさんの死去から1年後にソロファーストアルバム「MARS」をリリースします。
そのアルバムに収められた「U-K」ですが、その楽曲にはKamiさん追悼の意味があります。
それはKamiさんの本名である「神村浩行」のイニシャルから取って「U-K」のタイトルになっていることです。明らかにKamiさんの本名を意識したタイトルになっています。
その曲はとてもアップテンポで明るい曲で、当時にして「GACKTがこんな曲作れるの?」と驚愕した記憶があります。
歌詞だけを読んでると、とても悲しい歌です。
悲しい曲を明るく歌うことに、何かGACKTさんらしい美学を感じます。
GACKTさんはこの曲を20年経った今でも大切にしており、アリーナ規模の大規模なライブでは必ず演奏される鉄板曲となっています。
また、ライブでの表現も猫ダンサーを引き連れ、ライブの中で1番華やかなシーンとなります。
確かに良い曲だけど、ここまで定番曲として引っ張る曲になっているのは驚きです。演出なども年々変わってきており、GACKTさんが歳を重ねる度に曲も微妙に変化しています。
御墓参りだけでなく、この UKという曲のように音楽活動の中でもKamiさんに対する気持ちを出しています。
GACKTさんを追ってるファンであれば、そろそろGACKTさんを許して欲しいと思うのが自然ですが、それでもMALICE MIZERファンの視線は厳しいものです。
GACKTがKamiの母校訪問と追悼コメントにファンが反発
ある時、GACKTさんがKamiさんの母校にドラムを寄付したことがありました。
2008年のKamiさんの出身高校である茨城県佐竹高校の卒業式にGACKTさんは登場し、「野に咲く花のように」を熱唱。
そして、Kamiさんが生前に愛用していたドラムセットを母校に届けたのです。
この2008年はGACKTさんがKamiさんが憧れてた大河ドラマ出演の夢を果たした翌年でした。
この行動に対して、MALICE MIZER以来のGACKTさんファンは感動してましたが、元々GACKTさんを許してないファンからは微妙な反応でした。
さらにそれから6年後の2014年には、GACKTさんがKamiさんの実家を訪問し、Kamiさんの御墓参りをしてる姿と、両親との交流が動画として公開されました。
動画の中でGACKTさんは以下のような発言をされてました。
「色んな作品出たりする時もさ、例えば「罪滅ぼし」って言葉があるじゃん?本当に、なんて言うんだろうな・・・」
「僕はKamiと、メンバーん中で1番仲が良かったから。やっぱり1番最後に喧嘩して・・・で、離れたこと今までずーっと引き摺ってるとこあるんだよね」
そのほかにも、
普段から喧嘩はあってもいつの間に仲直りしてた話、
最後の喧嘩別れした後もずっと心配してた話、
脱退した後もつながりのあったマネージャーを通してKamiさんを気にかけてた話、
なんで最後に謝れなかったんだろうという気持ちがずっと残ってる話、
Kamiの両親が今では自分を息子のように思って可愛がってくれてる話、
GACKTさんのファンでも初めて聞くような話が多く、GACKT肯定派からは感動の声の嵐でした。
しかしこの時でも、否定派ファンは多く微妙な反応でした。
GACKTは大雪に見舞われた9日に、「一番仲が良くて兄弟のようだった」というKamiさんの墓前で長い時間手を合わせたと語り、Kamiさんの命日と誕生日には彼の実家に必ず足を運び、「いい曲書けたよ」「舞台が始まるよ」などと報告しているとも明かした。GACKTが公の場でKamiさんについて心境を吐露するのは初めてのことで、新曲イベントに花を添える“美談”かと思いきや、MALICE MIZERのファンから猛反発を食らっているのだ。
ネット掲示板では、「正直、GACKTにはKamiのこと、マリスのことは語ってほしくない」「あんな辞め方をしたのに、マリスのことを語るのか。マリスは今でも大好きだが、今のGACKTは好きじゃない」「もうやめてください。何かネタにされてるようでイヤです」「マリスから逃げたくせに…・・・。金にがめつい男!」といった大批判が巻き起こっている。引用元:ニコニコニュース
当時、GACKTさんのニューシングルのリリースが控えていたので、プロモーションに利用されたと感じた方も多かったみたいです。
涙ながらも腹の中を見せても許せない、もしくは信じてもらえないというのがMALICE MIZERガチ勢のGACKTさんに対する想いなのでしょう・・・。
再結成は無理でもどこかで共演ぐらい・・・
それでもMANAさんがGACKTさんを連想さす話をするたびに、ファンは再結成や2人が再び同じステージに立つことを夢見ます。GACKTさんがマリスの話をするは嫌でも、MANAさんがGACKTさんに触れれば嬉しいということです。
MALICE MIZERサイドから歩み寄ってもダメだったという話を聞いたことがありますが、GACKTさんサイドからのマリス話が嫌だとなると、なんだか色々と面倒臭いです。
天国のKamiさんは、GACKTさんを許してるのでしょうか?許してるとしたら、今の現状をどう見守っているのか。それとも許してないとして「ファンのみんな、よくやった!絶対にあいつは信じちゃダメだ!」と喜んでいるのでしょうか?
冷静に考えたら当時27歳の青年筆頭の意地のぶつかり合いが、一部の人の中で停止してしまってるだけのように思えます。
GACKTさんの長年の追悼と、MANAさん筆頭に元メンバーの変化を見てると、あれから20年経っても共演がないのは不自然でなりません。
たまたまこれと言った機会がないだけなのか、互いに望む共演の形が違ってるのか、ファンや周囲の望みがまとまらないから慎重になっているのか。
kamiさんの心の声が聞ければ、これだけ長く憎しみのループは続かなかったと思います。
オマケでKamiのすっぴん
肌綺麗ですね!
サングラスのせいで、ニルバーナのカート・コバーンに似てます。
当時はかなりのお兄さんだと思っていたKamiさんですが、今思うと凄く若いです。
もし、生きてたらどんなおじさんになっていたのか。GACKTさんやMANAさんに負けじと美しかったと信じたいです。